製薬企業のアジャイル導入4パターン:自社はどれに当てはまるか
大手製薬企業の多くは、単に「アジャイルをやっている」「やっていない」のどちらかではありません。いくつもの導入パターンを、多くの場合それと気づかないまま同時に進めています。どのフレームワークを選ぶかよりも、自社がどのパターンに当てはまるのかを知るほうが大切かもしれません。

連載第1回では、「アジャイルを導入すべきか」という問いの代わりに、「何のために」「どこで、どの程度」「どんな形で」という3つの問いを提案しました。
もうひとつ、ときどきいただくのが「他の製薬会社は実際どうしているのですか?」という質問です。業界の方ならご存じのとおり、製薬業界は大手同士のつながりが強い、狭い業界です。コ・プロモーションで手を組むこともあり、人材の行き来も盛んです。他社の取り組みが気になるのは自然なことです。
取り組みを整理する2つの軸
製薬企業がアジャイルな働き方をどう取り入れているかを整理するとき、私がよく使うのが次の2つの軸です。
1つ目は、組織としてどこまで計画的にアジリティを追求しているかです。計画性が弱い側では、変化は自然発生的に起きます。研究開発やマーケティングのチームがスクラムを試してうまくいき、それを見た周囲のチームが真似を始める。あるいは、誰も「アジャイル」とは呼んでいない別の変化の結果として、組織が少しずつアジャイルになっていくこともあります。計画性が強い側では、権限を持つ人(社長や、ある領域の事業部長)が、組織をよりアジャイルにすると明確に決め、自ら旗を振って予算と計画を用意しています。
2つ目は、取り組みがどこまで広がっているかです。一つのチームなのか、一つの部門なのか、それとも全社なのか。
この2つを縦軸と横軸にとると、4つのパターンが見えてきます。

右下の角が空白になっているのには理由があります。誰も決めていないのに全社が変わる、ということは製薬企業ではまず起きません。予算やガバナンス、人事制度は、口コミでは変わらないからです。
草の根型
研究開発やIT部門、新規事業のチームが、自分たちの判断でスクラムやカンバンを使い始めます。うまくいくと周りのチームが気づき、見よう見まねで取り入れていきます。正式なプログラムも予算もなく、主に口コミで広がります。
強みは、自発的に始めたからこその強い当事者意識です。誰かに言われてやっているわけではありません。弱みは、チームの外側で壁に突き当たりやすいことです。予算、目標管理・評価制度、ガバナンスは変わらないため、チームは従来のやり方を前提とした仕組みの中で、自分たちだけ違うやり方で働くことになります。また、少数の熱心な人に支えられているため、定期異動でその人たちがいなくなると、勢いを失いがちです。
部門主導型
特定の部門が正式に予算をつけ、責任者が旗を振って進めるパターンです。営業・マーケティング(コマーシャル)部門、メディカルアフェアーズ部門、DX推進部門などがよくある例です。他部門は従来のままです。私の経験では、変革はこのパターンから始まることが多くあります。
強みは、対象範囲が明確で、そこに実権を持つ責任者がいることです。成果が見えやすく、意思決定も進みます。落とし穴は、部門の境目にあります。短いサイクルで動くコマーシャル部門のチームも、年次予算で動く部門や、資材審査や稟議を順番に回す部門に頼らざるを得ません。摩擦の大半も、取りこぼしている成果の多くも、この部門間の受け渡しで生じています。
仕組み改革型
変革には計画的に取り組んでいるものの、「アジャイル化」を目的として掲げてはいないパターンです。アジャイル変革が宣言されることはなく、ガバナンス、計画のサイクル、チーム構成、意思決定の権限、MR体制などが、DX戦略や組織再編の一環として一つずつ見直されていきます。その見直しの積み重ねの結果として、組織がアジャイルになっていきます。
強みは、アジリティを阻みがちな仕組みそのものに手を入れられること、そして「アジャイル疲れ」を避けられることです。課題は、共通の言葉と「なぜやるのか」という目的が共有されていないと、現場には「また組織変更か」としか映らない改革の連続になりかねない点です。
全社展開型
経営陣が自ら旗を振るトップダウン型のパターンです。チーム共通のフレームワーク(スクラムなど)、全社レベルのプロセス(四半期ごとの事業レビューなど)、新しい組織構造、そして専任の変革推進室が、セットで導入されることが多くあります。外資系では、グローバル本社のプログラムとして日本法人に届くこともあります。製薬業界では、私自身このパターンを何度か見てきました。
経営層が本当に自分ごととして取り組むなら、全社の足並みがそろい、勢いが生まれます。全員が同じメッセージと同じ言葉を、同じタイミングで受け取ります。落とし穴は、画一的な展開に陥ることです。第1回で見たとおり、一つの製薬企業の中にはまったく性質の異なる仕事があり、一つのやり方がすべてに当てはまることはまずありません。
一社の中に、複数のパターンが混在している
この2つの軸で導入パターンを整理するのは便利ですが、実際には、多くの大手製薬企業がどれか一つのパターンだけに当てはまるわけではありません。部門や領域ごとに導入の段階も計画性の度合いも異なり、複数のパターンが同時に存在しています。
同じ会社の中に、研究開発で自律的に動く数チームのスクラム、計画的な変革の真っただ中にあるコマーシャル部門、そしてIT部門が主導しガバナンスの見直しを進めるDXプログラムが並んでいる。それぞれが互いの取り組みをほとんど知らないまま進んでいることもあります。
さらに、パターンは移り変わります。たとえば、うまくいった数チームのスクラムが、仕組み改革への道を開くことがあります。一つの部門主導の変革が二つ目の部門主導の変革につながり、やがて全社展開へと発展することもあります。そうした例をいくつも見てきました。
そして、うまくいった全社展開は、画一的な展開から、部門ごとに合った形へと変わっていくことが多いものです。各部門や各領域が「アジャイルな働き方がいつ、どのように本当に役立つのか」を学んでいくからです。
どちらの方向が良い、悪いということではありません。大切なのは、その動きに気づき、それに合わせて支援の仕方を変えていくことです。
パターンごとに必要な支援は違う
自社の中にいくつかのパターンが見えてきたら、次に考えるべきは、それぞれをどう支援するかです。パターンによって必要なものが違います。
草の根型のチームに何より必要なのは、時間と、安心して試せる場です。理解があり、ときには盾にもなってくれる上司、実験できる余地、そして場合によっては外部コーチの支援です。
部門主導型の変革では、従来のやり方で動く他部門と接する「境目」での支援が鍵になります。部門間の受け渡しをまたいだ共通の目標、頼っている部門との合同での計画づくり、そして部門をまたぐ意思決定の詰まりを解消できるだけの権限を持つリーダーです。
仕組み改革型では、ばらばらの見直しを一本の筋でつなぐことが欠かせません。現場の人が自分の言葉で説明できる「なぜやるのか」、それぞれの見直しで意思決定が本当に速くなったのかを確かめる簡単な方法、そして役割や意思決定の権限が変わるマネージャーへのコーチングです。
全社展開型で求められるのは、ビジョンに本気でコミットしながらも、事業ごとに自分たちの状況に合わせて変えていくことを許せるリーダーです。加えて、展開の仕組みだけでなく人材への投資(スクラムマスター、プロダクトオーナー、マネージャーへのコーチング)と、どこをさらに進め、どこで止めるかを判断するための定期的な成果の確認も欠かせません。
次回以降について
次の回からは、このマトリクス上のさまざまな位置にある事例をご紹介します。
- 5つのパイロットチームから、100を超える部門横断チームへと広がった営業組織。 コマーシャル部門の部門主導型の変革として始まりました。
- 一つのパイロットチームから、全社レベルの組織運営の変革へと進んだコマーシャル組織。 私の知る事例の中では、全社展開型に最も近いケースです。
- 研究開発の目立たないところから始まった取り組み。 関心を持つチームが少しずつ増え、会社も徐々に支援を厚くしていきました。草の根型から、より計画的な側(縦軸の上)へと移っていった例です。
製薬企業のアジャイル支援について
Agoraxでは、製薬企業の組織アジリティを支援しています。「自社のどこにアジャイルが効くのか」を整理するところからご一緒できます。まずは30分の無料相談からお気軽にどうぞ。
英語版はScrum.orgのブログで公開しています:Four ways pharma companies actually adopt agility